「自分が自分でないように感じる」
「小さいころのことが思い出せない」
「ときどき別人になるといわれる」
といった症状が特徴の解離性障害は、先天的なものでも脳の病気によるものでもなく、心の傷が引き起こす神経障害の一種です。
ここでは、解離性障害が発症する原因と対処法について説明するとともに、解離性障害のある人が社会に出て働くことを応援する「就労移行支援」について詳しく解説します。
チャレンジド・アソウ 広島事業所 /
チャレンジド・アソウ 大阪事業所 /
チャレンジド・アソウ 新大阪事業所 管理者
サービス管理責任者
監修:池田 倫太郎
株式会社チャレンジド・アソウ
立ち上げの中心メンバー。
就労移行支援事業、就労定着支援事業、
特例子会社の運営を行う。
解離性(かいりせい)障害の種類と症状
私たちの意識や記憶、思考、感情、知覚、アイデンティティ(自分はこういう存在であるという感覚)などは1つに統合されています。
「解離」とは、何らかの原因で統合する機能が損なわれて、意識が飛んだり記憶が抜け落ちたり、自分が自分でないような感覚に陥ったりして自己統制ができなくなる現象をいいます。
たとえば、大切な人が突然亡くなったときなど、ショックのあまり意識を失うことがありますが、これも解離の一種です。
刺激(ストレス)が強すぎて処理しきれないときに、ストレスを遮断しようとして自動的に生じる防衛反応ともいわれます。一時的なものであれば正常な範囲内の解離現象で、だれでも経験し得ることです。
しかし、自分の限界を超えた重いストレスにさらされると、意識や思考、記憶などを切り離して苦痛から逃れようとします。この状態が繰り返し長期間続くと解離現象(防衛反応)が習慣化してしまいます。そうなると解離現象は日常生活に支障をきたす障害となってしまいます。
解離障害にはいくつかのタイプがありますが、世界保健機関(WHO)による診断ガイドラインICD-10では、次のような症状を伴うものを「解離性障害」に分類しています。
離人症性障害
自分の体が自分のものでないように感じられ、まるで自分を外から眺めているような気がするなど、現実感や実感が喪失する状態です。
足元がふわふわして宙に浮いているようだとか、皮膚に触っても何も感じないという人もいます。
本人は会話をしているつもりなのに、頭の中でしゃべっているだけで声に出ていないということもあります。
喜怒哀楽の感情も乏しくなり、何をやっても自分がやっているように感じることができなくなります。
解離性健忘
いわゆる記憶喪失の状態で、記憶の失い方によって以下のタイプに分けられます。
これらの症状はひとりの人にいくつか重なって現れることもあります。
限局性健忘
ある限られた期間の出来事を思い出せなくなるもので、犯罪被害などに遭った人は、恐怖心や身体感覚を忘れるだけでなく、当時のことがそっくり記憶から抜け落ちてしまうことがあります。
限局性は解離性健忘の中で最も多く見られるタイプです。
選択性健忘
ある限られた期間の出来事の一部は記憶にあるものの、全部は思い出せない状態をいいます。暴行を受けた記憶はないが、その場所だけは覚えがあって近づけないといったことが起こります。
全般性健忘
自分がだれなのか、今どこにいて何をしているのかがわからず、さらに過去の経験も忘れてしまうものです。記憶が一切ないまま遁走(とんそう)して、見知らぬ土地で別人として生活する人もいます。
系統的健忘
母親のことを覚えていないなど、その人にとって特別な存在の人に関する記憶を失ってしまうものです。
持続性健忘
解離性健忘を発症した後に新たに起きた出来事を記憶できないものです。
解離性同一性障害
自分の中に複数の人格が存在し、交代で表に現れたり消えたりするもので「多重人格障害」とも呼ばれています。別人格は2~10人前後が多いのですが、100人以上も存在するという症例があります。
人格交代(スイッチング)するきっかけも一定ではありません。たとえば、甘えたいと思ったときは子どもの人格や、甘えさせてあげる側(お母さんやお姉さん)の人格となって現れます。
また、試験のときに、自分より優秀な人格がスイッチングして高得点を取ったりすることもあります。
別人格は年齢や性別、言葉づかい、態度、洋服などの好み、利き腕、クセまで異なることがあるため、周囲の人からは「演技」とか「嘘つき」と思われることもありますが、とくに問題を起こすこともなく社会生活を送る人が少なくありません。
その一方、自分の思い通りにいかない場面では粗暴な人格にスイッチングしてトラブルを起こしてしまうケースもあります。
解離性昏迷(こんめい)
大きなショックや絶望を感じたときに、音や光などの外的刺激に対する反応がなくなり、長時間動けずに横たわっているか、座ったままでいる状態のことです。自分から言葉を発したり体を動かしたりすることもできません。
このほか、心因性失声、心因性難聴、心因性錯乱状態、解離性運動障害、解離性けいれんなども解離性障害に含まれます。
解離性障害の原因
解離性障害は、幼少時の虐待、ネグレクト(養育放棄)、いじめ、性的虐待、家庭内暴力、監禁、犯罪被害、大災害、交通事故など、生命の危機にさらされるほどの恐怖体験が心的外傷(トラウマ)となって発症するものです。
「離人症」は、耐えられない状況が続くと、「これは自分のことではない」と考えて意識や感情を断ち切るため、現実感の喪失や浮遊感、感覚の鈍麻といった症状となって現れるものです。
「健忘」は、恐怖体験をしたときの感情や記憶を切り離して思い出せなくするために、記憶喪失という症状となって現れるものと考えられています。
「解離性同一性障害(多重人格)」は、切り離した自分の感情や記憶が別の人格となって成長し、苦しい状況に置かれたときに身代わりとなって現れるものと見られています。
別人格は主人格とは対照的に、支配的で自己主張の強い、性的にも積極的で開放的な性質をもつ傾向があります。
しかし、解離性同一性障害の場合は、主人格とかけ離れた性質であっても「もうひとりの自分」であることには違いないので、別人格のことを否定されると主人格が傷つくこともあります。
なお、離人症や健忘、多重人格といった症状は統合失調症や境界型パーソナリティ障害、うつ病、不安障害、発達障害などでも見られます。それらの病気と併存していることも考えられますから、きちんと区別するためにも精神科か心療内科を受診してみましょう。
解離性障害の診断と治療
解離性障害の診断には、現在の状態やこれまでの経過、家庭環境、ストレスに感じていることなどを把握する必要があります。
家族や友人などが付き添って本人の性格や今の状況を説明するのがベストですが、付き添うかどうかは本人の意向に従うのが原則です。
次いで、てんかんや脳腫瘍などの器質的疾患の有無を調べる脳波検査やMRI、身体疾患の有無を調べる血液検査、そのほか必要に応じて心理検査が行われます。
検査の結果、ほかの病気が見つかれば、その病気に対する治療を優先させます。解離性障害そのものに対する有効な薬剤はないため、精神療法やカウンセリングを中心にして患者さんを支持していくことになります。
離人症性障害の治療
離人症には強い不安や抑うつ症状が付随することが多いため、対症療法として抗不安薬や抗うつ薬が用いられます。精神療法は、不安障害(神経症)に有効とされる森田療法を取り入れることがあります。
離人症は統合失調症と同じような症状を呈しますが、両者は異なる病気で、離人症から統合失調症に移行するということはありません。
解離性健忘の治療
欠落した記憶を取り戻す必要があるときは、「記憶想起法」が有効とされています。記憶の空白期間に何が起こっていたかを知りたいという患者さんには、「催眠」を用いるところもあります。
ただし、記憶想起法にしても催眠にしても、極度の不安を引き起こすことのないよう、事前に十分な説明を行い、患者さんの同意を得たうえで行います。
解離性同一性障害の治療
多様な人格を一人に統制することを目的とはせず、それぞれの人格が融合し、問題を起こすことなく通常の生活が送れるように助言・指導を行います。
どのような病気にもいえることですが、とくにトラウマがもとで発症する解離性障害は、医師と患者さんとの信頼関係が治療の基本です。よい医師の条件は「患者の気持ちや立場を理解する目と心を持っていること」です。
解離性障害の治療にあたる医師の中には、「自分の気持ちや感情を切り捨てるようにしてつらい日々を生き抜いてきた患者さんには、敬意をもって接している」という人がいます。そのようなドクターに巡り合えれば安心して治療を受けることができます。
障害者手帳について
解離性障害のある人の中には、障害者手帳(精神障害者保健福祉手帳)を希望する方がいます。この手帳をもっていると「障害者雇用率制度」を利用して就職することが可能です。
また、税金の控除や公共料金の割引など経済的な支援も受けられます。
現在、解離性障害は制度上では「神経障害」に含まれるため、障害者手帳の対象外とされています。しかし、統合失調症やうつ病などの「精神障害」と同じ症状が認められ、それによって生活に支障をきたしている場合は、精神障害に準じて取り扱うこととなっているので、医師に相談すれば申請に必要な診断書を作成してもらうことが可能です。障害年金についても同様です。
ただし、申請するには、「初診日から6か月を経過した日以降の日に作成された診断書」と定められていますから、初診から半年以上は定期的に通って診察を受ける必要があります。そのためにも信頼して通える医師を探すことが大切です。
解離性障害の人も利用できる「就労移行支援」とは
解離性障害のある人は、記憶の一部が抜けていたり、習得したことを忘れてしまっていることがあります。多重人格の人はいつ態度が一変して周囲の人を困惑させるかわかりません。
そのようなことから就職は難しいと思っている人が少なくないようですが、障害があっても活躍する場はたくさんあります。
自分ひとりではどのようにして探せばいいかわからないという人には、「就労移行支援」制度を利用することをおすすめします。
この制度は、障害者総合支援法に規定されている障害福祉サービスの1つで、利用要件や手続きのしかたは次の通りです。
利用対象者
以下の3つの要件を満たす人が利用することができます。
- 18歳以上65歳未満の人
- 身体障害、精神障害(統合失調症、躁うつ病、発達障害、てんかんなど)、難病のある人
- 一般企業への就労を希望し、就労可能と見込まれる人
一般企業の業種は、医療、福祉、教育、飲食業、小売業、製造業、ホテル、電気、ガス、官公庁、その他のサービス業と多岐にわたります。
利用期間
利用開始から2年以内に就労することを目指しているため、2年間が標準とされています。就労後の定着支援の期間は6か月です。
利用料金
利用料金は厚生労働省によって定められており、9割は市区町村が負担し、1割を利用者が就労移行支援事業所(下記参照)に支払うことになっています。
利用者の負担額は前年度の収入や通所日数によって異なりますが、下記のように上限額が決められているので、通所日数が多くなったとしてもこの金額を超えることはありません。
区分 | 世帯収入状況 | 負担上限月額 |
---|---|---|
生活保護 | 生活保護受給世帯 | 0円 |
低所得 | 市町村民税非課税世帯(おおむね年収300万円未満) | 0円 |
一般1 | 市町村民税課税世帯(おおむね年収600万円未満) | 9,300円 |
一般2 | 上記以外 | 37,200円 |
※20歳以上のグループホーム利用者で、市町村民税課税世帯の場合も37,200円。
就労移行支援事業所
支援サービスは「就労移行支援事業所」に定期的に通って受けることになります。
この事業所は福祉法人やNPO法人、民間企業によって運営されており、現在全国に3,400か所以上あります。自分の住所地以外のエリアにある事業所を利用することができます。
事業所によってトレーニング内容やサービスが異なりますから、自分に適した事業所を選ぶようにしましょう。就労移行支援事業所は市区町村のホームページやwebサイトで調べることができます。
受給者証の申請
福祉サービスを受けるには、「サービス利用計画書」を作成し、障害者であることを確認できる書類を添付して市区町村の障害福祉課に申請して、「受給者証」を発行してもらう必要があります。
この手続きは本人でもできますが、利用する事業所が決まっていないと受給者証が交付されないので、前もって事業所を選定して、事業所に申請手続きを代行してもらうのが一般的です。
就労移行支援で受けられるサービス
就労移行支援では、本人の抱える課題を整理するところからスタートし、次のようなステップを踏んで就労から定着へとつなげていきます。
STEPS1 利用計画書作成
支援員が利用者から症状や現在の体調、生活面での困りごと、就労に関する希望などをヒアリングし、課題を整理したうえで利用計画書を作成します。
これに本人が障害者であることが確認できる書類(障害者手帳や医師の診断書または意見書)を添えて市区町村に申請します。約1か月後に受給者証が本人あてに郵送されてきます。
STEPS2 就労に必要なトレーニング(職業訓練)
受給者証を受け取ったら事業所に通い、計画書に沿ってトレーニングを開始します。
内容は事業所によって異なり、70種類以上のプログラムを設定しているところもあります。
受講は希望制で、自分のペースに合わせて選ぶことができます。
プログラムの一例
基礎講座 | 挨拶のしかた(笑顔、目線、声の出し方、おじぎのしかたなど)、身だしなみ(清潔、上品、控えめの三原則)、持ち物(手帳、名刺入れ、財布など) |
---|---|
ビジネスマナー | 名刺交換、電話応対、メモの取り方、文書やメールの書き方など |
コミュニケーション トレーニング |
来客応接のしかた(お茶の出し方など)、打ち合わせのしかた、クレーム対応のしかたなど |
パソコンスキル | 基本的なデータ処理、ソフト活用のスキルアップなど |
模擬就労プログラム | 事業所内での模擬職場で、事務作業や清掃作業などを実体験する |
STEPS3 体験実習(インターンシップ)
事業所と連携している企業を訪問して、実際に仕事を体験します。期間は短いところでは1日というところもありますが、1週間~1か月が一般的です。
職場で社員と一緒に働いてみることで、社員として必要なことなどを知ることができ、一歩成長することができます。企業側が本人の能力を評価してそのまま正式に雇用するケースもあります。
STEPS4 就労支援
トレーニングやインターンシップを通して本人の適性を把握したら、就職活動に入ります。事業所はハローワークや障害者職業センターなどと連携して本人に合った仕事を探します。応募書類の書き方や面接の受け方も指導し、面接には必要に応じて同行します。
STEPS5 定着支援
無事に就職できても人間関係などで疲れて1年ももたない人がいます。それを避けるために、就職した後も支援員が職場訪問や電話相談でサポートを続けます。
本人には無理をせず効率よく働くためのアドバイスをしたり、上司や同僚には、負担にならない範囲で障害者に配慮した指導をお願いするなど、双方のパイプ役を果たします。
職場で問題が起きてから対処するのではなく、問題発生を未然に防ぐことを目的とする定着支援は、障害のある人にとってとくに大きな支えになります。
まとめ
就労移行支援事業所に通うときは送迎サービスも受けられると思われがちですが、送迎は原則として行いません。
一般企業への就職を目指しているので、自力で通うこともトレーニングの一環と考えるからです。通所するときの身なりにしても、男性はスーツにネクタイのビジネスルックが基本です。
このように、就職するために必要なスキルアップだけでなく、社会人として最低限心得ておきたいことを習得できるシステムになっています。ここがハローワークの職業訓練校との違いといえます。