性同一性障害(GID)は、生物学的には女性でも「自分は本当は男として生きるべきだ」と認識したり、生物学的には男性でありながら「自分は女性として生きるのが相応しい」と考えてしまいます。
性同一性障害では、こうした性別の不一致感によって、落ち込んだり、悩んだりと気持ちが不安定なまま過ごすことになりますが、まだ性同一性障害についての理解が進んでいないこともあり、日常生活に困難を抱えている方も少なくありません。
この記事では、性同一性障害の理解を深めるためにも、性同一性障害の特徴や症状の種類、診断基準や治療できる病院などの情報についてご説明します。また、就職や仕事探しに際して、性同一性障害の方が受けられる支援についてもご紹介します。
チャレンジド・アソウ 広島事業所 /
チャレンジド・アソウ 大阪事業所 /
チャレンジド・アソウ 新大阪事業所 管理者
サービス管理責任者
監修:池田 倫太郎
株式会社チャレンジド・アソウ
立ち上げの中心メンバー。
就労移行支援事業、就労定着支援事業、
特例子会社の運営を行う。
性同一性障害とは?特徴と症状の種類
「性別」と言われると、一般的に多くの方が「男性」か「女性」の2種類に分かれると考えますが、実際には生物学的な「性別(sex)」と自分の性別をどのように意識するかによる「性別(gender identity)」という2つの側面が存在します。
この性別の自己意識または自己認知「ジェンダー・アイデンティティ(gender identity)」は、多くの場合、生物学的性別と一致しているため、性別に2つの側面があることに気づきにくく、しかしながら、一部の人では、ジェンダー・アイデンティティと生物学的性別が一致しないことがあります。このような状態を「性同一性障害」と言います。
つまり、性同一性障害とは、生物学的な「性別(sex)」と自分の性別をどのように意識するかによる「性別(gender identity)」が一致しない状態なのです。
ジェンダーとは?
ジェンダーという言葉には、以下のようにいくつかの意味が存在し、その意味によって使い方が異なります。
①生物学的性別を意味する使い方
形態や機能の上から区別できる生物学上の雌雄(female, male)のこと(性的二型)
②社会的・文化的に形成された性差を意味する使い方
「人為的・社会的に作られた性差」、「男性が優位であるかのように作られた性差」という立場でジェンダーを把えた場合、社会的・文化的性差の意味で用いられる
③性別に対する自己意識、自己認知を意味する使い方
「自分は男(女)である」、「男(女)として生活することがふさわしい」と感じる性別に関する自己意識(認知)の意味で用い、心理・社会的性別と呼ばれることもある
このように「ジェンダー」という言葉は、使われる状況や背景によって意味が大きく異なります。この記事のように、性同一性障害について述べている場合に使用されている「ジェンダー」は、3つ目の「性別に対する自己意識、自己認知」を意味して使われているとお考えください。
性同一性障害で見られる主な3つの症状
①自らの性別を嫌悪あるいは忌避する
自分の性器がふさわしくないと考えたり、また、2次性徴期において、男らしい、あるいは女らしい体つきになることに対する嫌悪感や忌避の気持ちが強くなります。
そうすると、男らしさを表す、すね毛や体毛をそったり、あるいは女らしさを表す乳房を晒しで巻き、ふくらみを隠そうとしたりします。これらの症状は、自らのジェンダーにふさわしくない身体症状を嫌悪し、忌避することによるものです。
②反対の性別に対する強く、持続的な同一感を抱く
自分の存在そのものを、自らのジェンダーと同一化したいと願い、反対の性別になりたいと強く望みます。
そのために、男の子の場合、女の子の遊びを好んだり、女の子の服装をしたいと望んだり、女の子の場合には、男の子のような活発な遊びを好むというように、反対の性別の服装(異性装)をしたり、反対の性別としての遊びを好むという症状が見られます。
これは、自らのジェンダーにあった生活や遊びをすることが自分の気持ちに対してしっくりくるためです。
③反対の性別としての性別役割を果たそうとする
日常生活の中でも反対の性別として行動したり、家庭や職場、社会的人間関係でも、反対の性別として役割を果たそうとします。また、言葉遣いや身のこなしなどといった様々な点において、反対の性別として役割を演じることを望み、実際にそれを実行します。
性同一性障害と同性愛、服装倒錯症との違い
性同一性障害は、しばしば同性愛と混同して考えられることがあります。しかし、性同一性障害と同性愛とはまったく別のことです。
前述したように、性同一性障害は、自らの性別に関するジェンダー・アイデンティティの問題です。一方、同性愛は性対象として同性の相手を選ぶことを意味しています。
つまり、性同一性障害だからといって、必ずしも同性愛であるわけではなく、性同一性障害を有する人の中には、異性愛の人もいれば同性愛、あるいは両性愛の人もいるということです。
また、性同一性障害と「異性装(服装倒錯症)」もよく誤解されます。
確かに、性同一性障害では反対の性別の服装をしたり、装飾品を身につける「異性装(服装倒錯症)」がみられます。しかし、異性装をするからといって、必ずしも性同一性障害とは言えません。
自分の性別とは反対の服装(異性装)をする人たちは昔から知られており、元々異性装によって性的快楽を得る人のことを指していました。こうした異性装をする人達を学術的に「服装倒錯症(transvestism)」と呼びます。
しかし、その後、異性装によって性的快楽を得る人の他に、自らの生物学的性別とは異なるジェンダーを有する人が、反対の性別に帰属することを求めるために反対の性別の服装を身にまとおうとすることが明らかになりました。
このように、「異性装(服装倒錯症)」をする人たちの中には、性的快感を得るための場合と、反対の性別に帰属することを求める場合があることを理解した上で、性同一性障害では、性的快感を求めるためではなく、自らのジェンダーに合った服装をすることを願うために異性装をしていると考えてください。
性同一性障害の原因
結論からいうと、性同一性障害の明確な原因はまだ明らかになっていません。
原因として考えられる研究データとして、6例の性転換者を対象にした調査では、脳の赤核の大きさが男性より女性のものに近かったと報告されています。
また、出生前のホルモンの状態より、出生後のできごとの影響が大きく、性別違和を持つ男性は年上の兄がいることが多いとされています。男女問わず、若干の遺伝的関与があると考えられています。
そもそも、人間の性別が決定する過程においては、最初に体の性別が決まり、あとから脳の性別が決まります。
そのため、この性別が決まる段階で体と脳の両方の遺伝子に何らかの疾患が発生してしまうことが性同一性障害の原因ではないかと考えられています。
しかし、現在のところ研究データが極めて少なく、明確な原因の解明までには至っていません。
性同一性障害の診断基準とは
性同一性障害の診断は次の3つのステップで行います。
Step1:生物学的性(SEX)を決定する
染色体検査、ホルモン検査、内性器、外性器の検査を行って、生物学的性別は、正常な男女のいずれかの性別であることを証明する
Step2:ジェンダー・アイデンティティの決定をする
生育歴、生活史、服装、これまでの言動、人間関係、職業などに基づいて性別役割の状況を調べ、ジェンダーの決定をする
Step3:生物学的性別とジェンダー・アイデンティティが不一致であることを明らかにする
次のような除外診断に該当しないことを確認する・性分化疾患などの異常はない・精神的障害はない・社会的理由による性別変更の希望ではない
※なお、染色体の異常などによる性分化の障害(かつての半陰陽など)においてはジェンダーの決定が重要です。性分化疾患では多くの場合、gender dysphoria syndrome(性別違和症候群)といわれるようにジェンダーの問題を有していることが少なくありません。
したがって、性分化疾患は中核的な性同一性障害とは異なりますが、広くジェンダーの障害として対応を必要とします。これら、性同一性障害の診断は十分な経験を持つ精神科医2名の診断によって確定しますが、もし両者の診断が不一致の場合には3人目の精神科医の診断を求めることになっています。
「厚生労働省:性同一性障害 」
性同一性障害の治療法
性同一性障害の治療は、一般に、①精神療法、②内分泌療法(ホルモン療法)、③外科的治療の3段階を順に進めます。外科手術に進んだ場合でも精神療法や内分泌療法は継続します。
①精神療法
これまでの生活の中で、性同一性障害のために受けてきた精神的、社会的、身体的苦痛について十分な時間をかけて聞き、いずれの性別で生活するのが本人にとってふさわしいかの決定・選択を援助します。
また、選択した性別で生活することを支援することも精神療法の段階で必要なことです。精神神経学会ガイドライン第3版では、「精神的サポート」「カミングアウトの検討」「実生活経験」「精神的安定の確認」を精神療法として行うべきことをうたっています。
②内分泌療法(ホルモン療法)
十分な精神療法を行っても自分の性別とジェンダーの不一致に悩み、身体的特徴を少しでもジェンダーに合わせようと希望するとき、ホルモン療法を行います。その際、以下のような点について確認します。
- 選択した性別に対する持続的で、安定した適合感があり、第2段階に移行するための条件を満たしていること
- 十分な身体診察、必要な検査を行い、ホルモン療法に支障がないこと
- ホルモン療法の手技、効果と限界、起こりうる副作用について十分な説明を行い、文書で同意を得ること
- 家族、パートナーにもホルモン療法の効果と限界、起こりうる副作用について十分な説明を行い、納得を得る努力をすること
- 年齢は満18歳以上であること(注)
- ホルモン療法中の乳房切除術も容認する
注)2012年(平成24)1月に日本精神神経学会「性同一性障害に関する委員会」は第4版ガイドラインを発表し、その中で、「第2次性徴」を抑えるホルモン療法について言及し、容認した。すなわち、男性、あるいは女性としての体の特徴が顕著になる前に、生物学的性別と反対の性ホルモンを投与し、少しでもジェンダーと身体的特徴の隔たりを少なくしようとするねらいで、投与を開始する年齢も15歳に引き下げることを提言している。
③外科的療法
外性器等に外科的に手を加え、主として反対の性別に近づける治療法を「性別適合手術」(sex reassignment surgery, SRS)と呼びます。男性が女性への(Male to Female, MTF)性別適合手術を求めるときには精巣摘出術、陰茎切除術、造膣術ならびに外陰部形成術をします。
一方、女性が男性への(Female to Male, FTM)手術を求めるとき、第一段階として卵巣摘出術、子宮摘出術、尿道延長術、ならびに膣閉鎖術を行い、ついで、第二段階として、陰茎形成術を行います。
外科的療法を行うにあたっては、次のような条件を満たす必要があります。
- 十分な第1段階(精神療法)ならびに第2段階(ホルモン療法)の治療が行われていること
- 十分な第1段階(精神療法)ならびに第2段階(ホルモン療法)の治療にもかかわらず、依然として生物学的性別と性別の自己意識との不一致に悩み、手術療法を強く望んでいること
- 精神療法ならびにホルモン療法を通して、選択した反対の性別に対し、持続的で安定した適合感があること
- 選択した性別で生活することにともなう身体的な困難、現在の社会的立 場や家庭内で起こる可能性のある問題などに対処できる条件が整っていること
- 手術を望むものの性格、薬物依存の有無などの観点から、手術とその結果に対する事態に十分対処できる人格を有していること
- 手術を望むものが、手術によって生ずる身体的変化、随伴症状、社会生活上の変化、家庭や友人との関係、性的問題などを十分理解し、判断していること
- 家族や親しい人が手術療法に理解を示していること、とくに両親や配偶者、時には子供の同意が得られていることが望ましい
- あらゆる可能性を考慮して医療チームが手術療法に移ることが適切であると判断したこと
- 年齢は満20歳以上であること
性同一性障害をもつ方のQOL
性同一性障害を有する人を取り巻く医療的環境や社会的・心理的状況は、現時点では必ずしも整っているわけではありません。たとえば次のような問題があります。
医療環境の問題
性同一性障害をはじめとする性別違和を持つ人たちに対する医療的対応は、現時点では必ずしも十分とはいえません。その一つは専門とする医療施設が少ないこと、専門医が少ないことが挙げられます。
特に、性同一性障害の診断と治療は複数の診療科の連携を必要とするために、一層対応できる施設に限りがあるのが現状です。
また、内分泌療法、外科的治療に対する保険適応がまだなく、今後の課題となっています。このような医療環境の整備には「Gid(性同一性障害)学会」「日本精神神経学会」「性同一性障害に関する委員会」などが積極的に活動し、努力しています。
法的整備
反対の性別で生活しようとするとき、障害になるのが、名前の問題や戸籍上の性別表記の問題です。
名前の変更(改名)
性同一性障害による改名を行うためには家庭裁判所の審判を経て、許可される必要があります(戸籍法第107条の2)。後に述べる「特例法」が施行されてからは、性同一性障害による改名は比較的認められやすくなりました。
性別の変更
性同一性障害を有する人が、外科的治療を行い、外見的には反対の性別に限りなく近づいたとしても、自らの所属する「戸籍上の性別」が変更されないと、手術を受けた人のQOLは高まらないことになります。
そこで、国は「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」が平成15年7月10日に制定され、2004年(平成16)7月から施行されています。
「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」
家庭裁判所は、性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当する者について、その者の請求により、性別の取扱いの変更の審判をすることができる。
- 20歳以上であること
- 現に婚姻をしていないこと
- 現に子がいないこと
- 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること
- その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること
この法律は、2004年(平成16)7月から施行されました。その後、2008(平成20)年に、これらの条項のうち、「現に子がいないこと」を「現に未成年の子がいないこと」と変更され、平成20年12月18日に施行されました。性別に関する特例法が施行された平成16年7月から平成23年度までに、申し立て受け付けは総計2936件でしたが、そのうち、裁判所で認められた性別変更(更正)は2847件でした(「日本性同一性障害と共に生きる人々の会」調査)。
以上のように、わが国では性同一性障害の外科療法が先行する中で、医療や社会制度の環境整備が遅れておりましたが、日本精神神経学会、GID学会、「日本性同一性障害と共に生きる人々の会」などの努力により、少しずつ環境が整ってきています。
「厚生労働省:性同一性障害 」
性同一性障害の方の就職・仕事探し
性同一性障害に向いてる仕事・向いてない仕事
性同一性障害の方は様々な職種で活躍できる可能性を秘めています。
ただ、少しずつ理解が進んでいるとは言え、服務規程や制約がある会社が多く、いまだ社会の受入れに課題があるのも事実です。
そのことから業種や職種の選択範囲に制限がかかり、苦しむ方もいるかもしれません。
比較的そのような制約の少ない倉庫整理や商品管理・在宅ワーク(WebライターやWebクリエイター、Webデザイナー)等の仕事で活躍をしている方が多いのが現状です。日本社会においても多様性を受入れる文化が今よりも浸透していけば、能力を発揮できるフィールドは増えていくでしょう。
性同一障害の人が会社に求めるべき配慮事項
性同一障害の人の場合は、面接で「自分が好きな服装で出社しても良いか」「人前で着替えることに抵抗があるので、着替える時間をずらしてもらうことは可能か」といったことを予め伝えておくと、周囲の理解もスムーズに得ることができるので、働きやすい環境を作ることができます。
性同一性障害の方が受けられる支援
性同一性障害は残念ながら、原則として、障害年金の認定の対象とされていません。障害年金の認定対象となる精神障害は、国際疾病分類により限られており、国際疾病分類F6圏に分類されている性同一性障害は、認定対象とならないのです。
また、精神保健福祉手帳についても原則として、認定の対象となっていません。
しかしながら、性同一性障害と併せてうつ病等の認定対象となる傷病を併発されているような場合は、認定の対象となります。
自立支援医療(精神通院医療)制度
自立支援医療制度とは、心身の障害を除去・軽減するための医療について、医療費の自己負担額を軽減するための公費負担医療制度で、自閉症スペクトラム障害の治療を受けている方もお住まいの市区町村の担当窓口(障害福祉課や保健福祉課)で申請をすることで自立支援医療費を受給することができます。
自立支援医療制度を利用すると、原則3割負担である自己負担が1割になるのでぜひ積極的に利用したい制度です。
申請に必要なものとして「申請書(自立支援医療支給認定申請書)」「医師の診断書」「所得状況が確認できる書類」「健康保険証」「マイナンバーの確認書類」などがあります。自治体によって必要書類がことなることがあるので、詳しくは市区町村の担当課や精神保健福祉センターに問い合わせてみましょう。
就労移行支援は受けられる?
残念ながら、性同一性障害の方は就労移行支援の対象として現在認められておりません。
しかしながら、性同一性障害と併せてうつ病などの精神疾患を合併している場合には、就労移行支援を受けられることがあるので、就職や仕事探しで悩んでいる方は、ぜひ一度お近くの就労移行支援事業所に相談してみましょう。