不安や恐怖は人間に備わっている自然な感情で、ふつうはそれとうまくつきあって生活しています。
ところが、不安障害のある人は極度の不安や恐怖に襲われ、仕事にも支障きたして休職や離職を余儀なくされるケースが少なくありません。
ここでは、なぜ不安障害が起こるのか、その原因と治療法を説明するとともに、不安障害のある人も利用できる就労移行支援についてわかりやすく解説します。
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チャレンジド・アソウ 新大阪事業所 管理者
サービス管理責任者
監修:池田 倫太郎
株式会社チャレンジド・アソウ
立ち上げの中心メンバー。
就労移行支援事業、就労定着支援事業、
特例子会社の運営を行う。
不安障害とは?
不安障害とは、ある物事や状況に対して過度の不安や恐怖を感じ、不適切な対処をしてしまうためにさらに不安がつのり、さまざまな症状が現れる状態をいいます。
不安障害は独立した病名ではなく、パニック障害や広場恐怖症、社会不安障害などの心因性疾患の総称です。不安障害の人は思考力や判断力の低下といった抑制症状は少ないので、周囲の目には障害があるようには見えません。
しかし、本人は一度体験した不安や恐怖が頭から離れず、まさに「とらわれの身」になっている心理状態です。そのとらわれから逃れようとして、「人前には出ない」「会社に行かない」といった回避行動を取るようになり、重症化するとだれにも会えなくなってしまうことがあります。
こうした症状にはこれまで「神経症」という病名が使われていましたが、現在では「不安障害」と呼ばれるのが一般的になっています。
この「不安障害」も、アメリカ精神医学会の「DSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)」の日本語訳では「不安症」に変更されました。
そのため、日本不安症学会では、新病名の「不安症」と旧病名の「不安障害」を/(スラッシュ)で併記することとしていますが、実際にはまだ「不安障害」を使うことが多いため、この記事では「不安障害」の名称を用いて説明します。
不安障害の種類と症状
前述したアメリカ精神医学会の「DSM-5」では、不安障害を次にように細かく分類しています。
分離不安症/分離不安障害
愛着のある人や場所から離れることに対して強い不安を抱くものです。発達過程の幼児に見られる愛着感情よりはるかに過剰な不安や苦痛があり、成人でその状態が長く続く場合は分離不安障害の可能性があります。
選択性緘黙(せんたくせいかんもく)
普段はふつうに会話ができるのに、特定の場所や状況に置かれるとひと言も発せず、黙り込んでしまうものです。幼児期に発症することの多い障害です。
限局性恐怖症
特定のものや状況に対して極度の不安と恐怖を感じるもので、不安の対象によって次の4つのタイプに分けられます。
動物型
犬や虫などが恐怖の対象になります。道でおとなしい仔犬を見かけただけで逃げ帰ったりします。クモやヘビなどは苦手な人が多いものですが、不安障害の人は極度に怖がり、写真やイラストでも見ることができません。
自然環境型
高所、嵐、水などに対して過度の恐怖心を抱き、台風が来そうな日は外出もできなくなります。雷を異様に怖がる人もいます。
状況型
エレベーター、トンネル、航空機など、逃げ場のない閉鎖的空間に対して過度の恐怖心を抱き、そのような場所を避けるようになります。
血液・注射・負傷型
血を見たり注射をしたり、ケガをすることを極度に恐れます。注射やケガはふつうの人でも怖がりますが、不安障害の人は実際に血圧や心拍数が低下して失神してしまうことがあります。
社交不安症/社交不安障害
「社会不安障害」「社会恐怖」とも呼ばれていたもので、他者と接することに対して恐怖を抱き、なんとか回避しようとします。また、スピーチなど人から注目される状況に置かれると手足が震えたり、のどがカラカラに渇いたりして本当に話せなくなってしまうことがあります。
パニック症/パニック障害
理由もなく突然、動悸や呼吸困難、めまい、発汗など自律神経症状を伴うパニック発作を起こし、「死ぬのではないか」という恐怖に襲われます。重症化すると「またあの発作が起こるのではないかと」という予期恐怖が増し、外出できなくなるなど行動が大きく制限されるようになります。
広場恐怖症
映画館や劇場、電車、バス、行列の中など群衆がいる場所に対して恐怖を抱くものです。「何か恐ろしいことが起こるかもしれない」「ここで心臓発作を起こしたらどうしよう」という予期恐怖を覚え、動悸や発汗、息苦しさなどの症状が現れます。
重症化すると「人込みは怖い」という観念にとらわれ、買い物はネットショップを利用するなど、引きこもり状態になることがあります。
全般性不安症/全般性不安障害
特定のものが不安や恐怖の対象になるのではなく、将来のことや家族のこと、健康のことなど、生きていくうえでのあらゆる出来事が対象となるものです。
慢性的な不安からくるイライラや集中力の低下などの精神症状と、不眠やめまい、肩こりなどの身体症状が現れるようになります。全般性不安障害はうつ病を併発しやすいといわれています。
このほか、アルコールやカフェイン入りのドリンク、睡眠剤、抗不安薬などがパニック発作を誘発する「物質・医薬品誘発性不安障害」、甲状腺機能亢進症など体の病気に起因する「他の医学的疾患による不安障害」もあります。
不安障害の発症には性格が深くかかわっている
不安障害は主にストレスが原因で発症する心の病です。しかし、ストレス耐性は人によって異なり、同じようなストレス受けてもうまくコントロールできる人と、ストレスをため込んで不安障害などを引き起こす人がいます。このような個人差が現れるのは、その人の性格が深くかかわっているからです。
不安障害(神経症)の精神療法として知られる森田療法の創始者である故・森田正馬博士は、次のような性格傾向が発症要因になると提唱しています。
- 内向的、自己内省的
- 心配性、小心、敏感、ささいなことにこだわりやすい(弱気な性格傾向)
- 完全主義、理想主義、頑固、負けず嫌い(強気な性格傾向)
このように、弱気な一面と強気な一面をあわせもつ性格ゆえに、現実の小心な自分と、「こうなりたい」という理想の自分との間にギャップが生じ、ギャップが大きいほど心の中の葛藤が強まり、不安障害などを招きやすいと考えられています。
不安障害には薬と精神療法が用いられる
不安障害が疑われる症状が6か月以上続く場合は、精神科か心療内科を受診しましょう。動悸やめまいなどの身体症状が強いときは、内科の領域である心療内科のほうが適しています。
不安障害の治療は、薬物療法と精神療法が基本です。ストレスが蓄積して心身共に疲れているようなときは、長期休養が必要です。
主治医から1か月間休養するようにと指示された場合は、休養も治療の一環と理解して必ず指示を守るようにします。
薬物療法では、抗うつ薬の1種であるSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が中心になります。セロトニンとは思考や意欲、感情、気分などに関わる脳内の神経伝達物質で、服用すると不安を緩和する効果が得られます。
精神療法にはいろいろありますが、不安障害に対しては主に次のような療法が用いられます。
認知行動療法
認知とは物事に対する考え方・受け止め方のことです。ストレスにさらされて心身が疲弊すると何でも否定的・悲観的な判断をするようになります。たとえば、上司に注意されると「私は嫌われているんだ」と悪い方へ考えてしまいます。
このように根拠もないのに結論づけるのは「認知のゆがみ」のせいと考え、「別の考え方はないだろうか」と違う視点から見直すことでゆがみを修正していくのが認知行動療法です。
森田療法
不安や恐怖を感じたとき、それを排除するのではなく、「あるがままに」受け入れ、そのときの気分に左右されることなく「目的本位」の行動を取ることで不安を克服していくものです。森田療法は入院して行うこともあります。
入院して1週間は「臥褥期(がじょくき)」でひたすらベッドで横になっています。その後「軽作業期」「作業期」「社会復帰期」と続き、1~3か月ほどで退院し、社会復帰していきます。
不安障害のある人も受けられる「就労移行支援」
不安障害のある人は、いつ強い不安に襲われるかわからないため、「会社勤めは無理だろう」と思いがちです。しかし、障害があっても就労できるように支援する制度がいくつもあります。
ここでは一般企業への就労を手助けする「就労移行支援」を紹介しますので参考にしてください。
就労移行支援の特徴
この制度は、障害者総合支援法で定められた障害福祉サービスの1つです。障害のある人に職業訓練を実施するだけでなく、仕事探しから就職して職場に定着するまで一貫して支援を行うのが特徴です。
利用者は定期的に就労移行支援事業所(次項で詳述)へ通ってサービスを受けることになります。
利用者の条件
就労移行支援は以下の条件を満たす人が対象となります。
- 18歳以上65歳未満で、一般企業への就職を希望し、就労が可能と見込まれる人。
- 身体障害、知的障害、精神障害、難病の人。不安障害は精神障害ではなく神経症性障害に分類される場合がありますが、医師の意見書や診断書があれば利用対象者となります。
サービス内容
就労移行支援事業所では、次の5つのステップを踏んで最終的な定着へとつなげていくのが一般的です。
ステップ1.利用計画の作成(個別アセスメント)
就労移行支援事業所で利用者と面談を行います。障害の特性や体調、能力、就労に対する希望などをスタッフがきちんと把握したうえで、その人に最も適した利用計画書を作成します。
この計画書と本人が障害者であることを確認できる書類を市区町村の障害福祉課に提出して、「受給者証」を交付してもらいます。
ステップ2.職業訓練
利用者が事業所に定期的に通い、利用計画書に基づいて職業訓練を受けます。
パニック障害で引きこもり状態だったような人は、生活リズムを整えながら少しずつ通所回数を増やしていき、「毎日通うことができる」という自信を持てるようにするところからスタートする場合もあります。
職業訓練では、企業側が重視するのはコミュニケーション能力であることから、その基本である挨拶や身だしなみ、ことばづかい、相手の話を聞く傾聴、電話応対のしかたなどビジネスマナーが身につけられるようにします。
そのほか、パソコン操作や文章作成、仕事上起こりうる問題を想定した対処法などのトレーニングも行われます。
ステップ3.就業体験(インターンシップ)
実際に企業を訪問して仕事を体験します。社員の仕事ぶりを見ることができるので、自分がその中でやっていけるか判断することができます。場合によってはそのまま就職につながることもあります。
ステップ4.就活支援
職業訓練や就業体験などを通して、働きたい企業のイメージが固まってきたら就職活動に入ります。事業所は、ハローワークや障害者就業・生活支援センター、障害者職業センターなどの労働関係機関と連携して本人に適した職場を探します。
このとき、ミスマッチを防ぐために関係機関や応募する企業に対して本人の特性や能力、弱点など詳細な情報を提供します。また、履歴書の書き方を指導したり、面接当日は必要に応じてスタッフが同行します。
ステップ5.定着支援
就職が決まった後も事業所のサポートは続きます。スタッフが職場を訪問し、本人には効率的な働き方をアドバイスしたり、上司に対しては本人の能力を伸ばしていくための指導法を助言したりします。
それによって本人は早く職場に適応することができ、定着する確率が格段に高くなります。
利用期間
就労移行支援の利用期間は、ステップ4の就活支援までが2年間、就労後の定着支援は6か月間が標準とされています。
それ以降は新たな契約のもとで「就労定着支援サービス」を受けることができます。
利用料金
利用料金は厚生労働省によって定められており、金額の9割を自治体が負担し、1割を利用者が事業所へ支払うことになります。利用者の負担額は通所日数や世帯年収によって異なりますが、下記の金額が1か月あたりの「負担上限額」となっています。
- 生活保護受給世帯……0円
- 市町村民税非課税世帯……0円
- 市町村民税課税世帯(年収がおおむね600万円未満)……9,300円
上記以外……37,200円。
※20歳以上のグループホーム(共同生活援助)利用者で、市町村民税課税世帯の場合も37,200円です。
就労移行支援事業所を選ぶときのチェックポイント
就労移行支援制度を利用するには、市区町村から「受給者証」を交付してもらう必要があります。申請手続きは本人が行うこともできますが、あらかじめ利用する就労移行支援事業所を決め、その事業所に手続きを代行してもらうのが一般的です。
就労移行支援事業所は、社会法人やNPO法人、民間企業などによって運営されているもので、全国に3,300か所以上あります。事業所はwebサイトでも市区町村の公式ホームページでも調べることができます。
自分の住所地以外の地域でも利用できますので、通いたい事業所をいくつかピックアップして資料を取り寄せ、比較検討してみましょう。そして候補を絞ったら見学会に参加して、最も自分に適した事業所に申し込むようにします。
就労移行支援事業所を利用する目的は「就職すること」ですから、次のような点をチェックポイントとして選ぶようにしましょう。
ポイント1.これまでの就労実績
その事業所では、過去にどのような企業への就職を実現してきたのか、自分が希望する職種への就労実績はあるかどうかを確認しましょう。
ポイント2.訓練のプログラムに必要なものが組まれているか
たとえば、人前で話すのが苦手という人は、グループディスカッションなどが組まれているかどうか、パソコンのスキルアップをしたいという場合は、パソコンの台数は十分にあるかどうかをチェックしましょう。
ポイント3.事業所内の雰囲気が自分に合うかどうか
事業所には2年間通うのが基本です。スタッフや他の利用者の様子も見て、「ここなら通い続けられそうだ」と思えるところを選ぶようにしましょう。
まとめ
不安障害が原因で就職できなかった人や転職を繰り返してきた人は、「新しい職場でみんなにどのように受け入れられるだろう」という不安でいっぱいです。迎え入れる職場の人たちもどのように接するのがいいのかわからず過剰に気を使ったりしがちです。
そのようなときに就労移行支援事業所のスタッフに中に入ってもらえれば、上司や同僚の理解も深まり、本人も安心して働けるようになります。
不安障害のある人は元来、まじめで有能な人ですから、その能力を発揮するためにも、ひとりで悩まず、就労移行支援を上手に活用しましょう。